家族の関係性における1人部屋の役割と重要性

最近の突破ファイルで建築デザイナーのパート中に要望で子供ができたら1人部屋が欲しいって呟いた後に「自分の部屋を持たないと将来子供たちは家に帰りたくなくなる」っていうのを聞いた時にすごく納得した。

 

私の実家はアパート暮らしだから人数多い割に部屋数が人数分も無い。

だからどの部屋も家族皆で共有していて家の中にひとりでいることが難しい状況。

そうなると誰かが喧嘩したらその雰囲気が伝染しやすい。

それだけでなくその人が一人で頭を冷やす場所もない、愚痴が嫌でも聞こえてくる。

その空気から逃げる為の1人部屋という逃げ場所がないから関係ない人も毒される。

その時に関係ない人が1番気を遣わないといけないということが発生する。

 

だから私は実家が好きだから帰省する気持ちは全くない。

帰省して数日でだから帰省はしたくないんだよなって思うのがお決まりになっている。

1人暮らしの方が精神的に安定する。

それに気付いたら私にとって家族との距離感はそれぐらいが最適なんだと分かった。

 

これらのことを踏まえると1人部屋の必要性は各々のプライベートを確保するだけでなく、家の中での逃げ場所を作ることにあると思っている。

1人部屋があることで安心できる場所が保証されるし、余裕が生まれてお互いが心地よい距離感を保ち、相手を思いやることができるんじゃないかと思った。

人生の次の章に向けて

私は大学4年生で3月に卒業するので色々なことをしみじみ思う。

新天地に向けて準備をするために拠点を地元に一度移すからこの景色も数回なんだなと噛み締めている。

 

今のコミュニティーは学問以外にも学ぶことが本当に多かった。

本当にこのコミュニティーで過ごせてよかったと心の底から思う。

少しでも違っていたら恐らくこの学びは絶対になかったと確信できるほど。

今の自分に必要な学びがたくさんあった。

 

たくさん思い悩んでいて最初とか途中は正直期待なんかしていなかった。

でも今でははっきりと「楽しかった!ここに来れて良かった!」って言える。

だから大学の友達、親、高校の先生にこんなに貴重で素晴らしい経験をさせてくれて

本当にありがとうございますって感謝の気持ちでいっぱいになっている。

 

心の底から自分はすごく恵まれていてまるで伏線回収されたみたいにこれまでのことは

何一つ無駄ではなかったと感じる。

だから私にとって大学卒業は自分の人生の第1章が終わるような気持ちであり、

卒業後は第2章が始まる予感がしている。

在学中は社会に対してすごく不安で放り出されることに対する恐怖があったけど

何故かそれが消えて前向きな気持ちでいる。

まだひとつ大きな試験が残っているけどきっと大丈夫と思って今を過ごしています。

成長の希望

最近音楽を聴いていると色々な過去の自分を思い出す。

その時感じていたこと、何を望んでいたのか、何から逃げたかったのか。

ここまで考えが巡るのも本当に最近になってできるようになったこと。

 

以前までは過去の自分を捨てたい、過去の自分はなかったことにしたいという思いが

強すぎて過去の自分を全部無視していた。

だからその時何を感じていたのか、何も思い出せない状態だった。

 

でも今なら少しずつ嫌っていた過去を違った形で受け入れるようになってきたし、

おそらく本来の表立った性格が若干戻りつつあるように思う。

ただ戻るタイミングとしては若干悪い気がするけど。

節目を迎える前だから裏返った性格で関わってきていた分の清算が残っているから。

 

でもそれでひどく自己嫌悪に陥っているわけではなく、それもまた自分であり、

人は清濁併せ持つものだからそのコントラストの一部にしか過ぎないと受容している。

だから例え悪い思い出や考えばかりが蘇っても全部持って前に進もうと思えるし、

笑っていられる気がする。

そうあれるのもこれまでの全ての出会いと経験だから感謝を忘れずに、

新たな節目に向けて向き合い続けたいと思う。

至福の時

ご飯を作っている時に匂いでどんな味なのかだいたい予想できる。

これ絶対美味しいやつやん!って仕上がってくるとワクワクする。

そして実際にご飯と食べた時に自分の期待値を超えた瞬間,

食事が何よりも至福の時,贅沢な時間になる。

美味しいものを食べれるのってすごく幸せ!

何気ないところに

自分にはずっと落としどころが見つけられずに悶々とした過去がある。

無かったことにしようとしてもその過去が自分をその場にじっと留めさせるし,

美談には絶対にできない過去だからプラスに考えることができない。

前に進もうとしても掴んで進ませてくれないそんな過去。

 

目を背け続けた結果、そのあたりから過去の思い出に霧がかかって思い出せない、

ましてその中に楽しかった思い出なんてまるでなかったように出てこない。

さらにはそのあたりからあらゆるものに対して無関心になって自分だけの世界に

引きこもるようになり、どんな行動も自分中心で考えるようになっていた。

 

物語を読むのが好きで最近はあるシリーズを読んでいる。

ただの娯楽にしか過ぎなかったし、一時の満足を得るものにしか過ぎなかった。

だからこそ、その中に出てきた言葉にまさか自分が重たい過去から前に進むきっかけに

なる言葉が現われるとは思いもしていなかった。

その言葉達のおかげでそんな過去を受け入れることが少しずつできるようになって

前を向いて進んでいける、そんな希望が見えてきた。

 

そこから思いもよらないところにこそ、自分の過去に対する考え方を

大きく変えるきっかけがあるのかもしれない、そう最近学んだ。

答えは求めている時よりも何も考えていない、求めていない時の方が実はあるのかも。